幸福(生きがい)の実現 ― 幸福実現の条件

2.幸福の実現

 この章の最後に幸福実現の条件について触れておきたい。

 アランは自由な労働をあげ、ヒルティは倫理的秩序と正しい仕事と勇気の三つをあげている。(秋山英夫著「ヒルティの言葉」)また、ラッセルは、消極的には不幸を避けること、積極的には、仕事への全力投球と愛情と広やかな興味と、自己と社会の融合を説いた(ラッセル著、堀英彦訳「幸福論」)。このほかにも沢山の説があるが、ここでは、筆者の恩師である南岩男教授の説を借りて説明することにする。

 幸福実現の条件は3つある。1つは健康である。心身ともに健康であることを意味する。2つ目は、よい人間性である。よい人間性の持ち主ほど幸福になる可能性が高い。3つ目は、己の役割をしっかり果たすことである。それぞれについて説明する。

 ①健 康

 健康が幸福の大事な条件であることについては異論はないであろう。健康でなければいかに能力があり、誇るべき仕事があっても、それに全力投球できないからである。

 健康であるということは、身体的な健康はもちろん、精神的・心理的な健康も含む。近年特に重要なのは、ストレスによる健康障害である。一説によれば、病気の80%以上がストレスによるものだという。ストレスが、心と体に歪みをつくり、個人だけでなく家庭や会社、さらには社会にも大きな負担を強いることになるのである。個人個人の自己管理とともに、ストレスを蓄積させない職場づくり、環境づくりや管理技術が求められるところである。

  

 ②よい人間性

 幸福実現の二つ目の条件はよい人間性である。よい人間性とは、

ⅰ.冷静な頭脳(cool head)

冷静な判断力、何が正しいのか識別する力(智)

ⅱ.温かい心(warm heart)

思いやりの心、相手を理解する、相手の立場に立ってものが考えられる慈悲の心(仁)

ⅲ.強い意志(strong will)

決断力、己の信ずることを断じて行う意志、勇気をふるって打ち込む意志(勇)

このⅰ、ⅱ、ⅲの三つを一身に兼ね備えている人間性である。


 この逆を考えると分かりやすい。冷静な頭脳に対して、興奮しやすい頭(hot head)の持ち主であれば、すぐにカッとなり、頭に血が上ったまま物事を判断することになり判断を誤りやすく、幸福にはなりにくいといえる。

温かい心に対して、冷たい心(cold heart)であれば、協力してくれる人もなく、目標や夢をかなえることも難しく、幸福にはなりにくいであろう。

強い意志に対して、弱い意志(weak heart)であれば、主体性がなく、いつも他人の思惑を気にした言動となってしまい、あとあとああすればよかった、と後悔することとなり、幸福にはなりにくいということである。


③己の役割を立派に果たす

 ①と②は、幸福実現の条件の基礎的条件といえる。真に生きた具体的条件は、すでに何度も述べてきた「己の役割を立派に果たす」ことである。

 人は生まれながら様々な役割を持つ。そのさまざまな役割を立派に果たすことによって初めて、生産人としても、従業員としても、生活人としても、家庭人としても、社会人としても幸福を実現できるのである。この役割を立派に果たすための行動の仕方、行動基準をシップ(ship)といい、道ということは既に述べたとおりである。“道”というと求道者のような厳しさを連想しがちであるが、無難禅師は、「道という言葉に迷うことなかれ、朝夕己がなすわざと知れ」と、自分の与えられた役割、すなわち、当たり前のことを当たり前にしなさいと教えて下さっている。